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June 30, 2005

『二十歳のころ』より

こんなこと言うと失礼のような気がするが、「同志」を発見してしまった。
「二十歳のころ 吉川弘之にきく」

理Ⅰに入ってみると、圧倒的な時間が理科系の勉強に費やされることになったんです。それで、「こりゃ、かなわん」と思いました。それまで、ずうっと理科系に行こうと思っていたんです。それはそうだったんですけれど、「でも、これにはかなわない」と思ったんです。

そうなんだわ。私も毎日物理や数学に追い回される日常が辛かった。自分で志望したにも関わらず。そりゃ、まだ1,2年のうちは文系のものもあるにはあるが、全体としては微々たるもんである。
で、この後が凡才・アマサイと秀才・吉川先生との違うとこだが、

それで、理科系のことばかりを勉強するのは厭だと思ったので、「夏休みは文科系になろう」と決めたんですね。教養学部生の間だけだったけれど、夏休みになると、理科系の本とかは一切置いておいて、小説とか哲学とか、やたらにそんなものばかり読んでいたんです。それでなんとか文理の帳尻を合わせようと思ったわけです。

私はこんな高尚な考えはなくて、小説や新書本に逃避していただけなのであるが。

結構、いろんな人特に研究者のエッセイ、インタビューの類はよく読んでいるが、

いま教養学部にいる人には、人間として強くなって欲しいです。専門というのは、必ず人間を駄目にします。いや、そう言い切ってはいけないですね(笑)。けれど、専門というものは、人間をある意味で一つの歯車にしてしまうわけでしょう。そうなった時には、勿論歯車としての役割を果たさなければ、世の中に貢献出来ないんですね。でも、同時にそうであることを自分できちんと認識するだけの人間性を、持っておかねばならないし、持てるようであって欲しいです

ここまで言い切る人は初めてだ。

また「技術」に対する考えも同意できるものである。

それで、本郷に行ったら、また新しいショックを受けました。「工学というものは、なんてつまらないものなのか」っていうショックを(笑)。工学は、人間の精神と深い関係があるものなんです。恐らくどこの分野でもそうだと思いますが、漠然と大きな分野で見ると、何でも、「知る喜び」とか「発見の喜び」とかいうものに結びついているけれども、専門の細かいところ、深いところに行けば行くほど、そういうものから程遠くなっていくんです。

技術・工学というのは小手先のテクニックのお話じゃなくて、人間性に結びついていると思うんだよね。技術が分かれば、人間が分かるみたいな。それを自分なりに探求したいと思っている。
自分の考えは、間違ってないんだ、と確信できてとてもうれしかった。


これに関連するんだけど、藤原正彦氏のエッセイ『数学者の言葉では』
http://www.bk1.co.jp/product/304145
の中で米国での教え子ハナが、大学院に進学して「数学職業人」としての訓練に思い悩む話があるが、読んだ当時ハナと私の境遇が似ているような気がした(私は学部レベルだけどね)。


吉川弘之氏のインタビューが読めるページ
http://www.southwave.co.jp/swave/6_env/yoshikawa/yoshi01.htm
http://www.shakai-gijutsu.com/ronbun/interview.pdf

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【アマサイは勝手に2005年国際物理年に参画しています】
(^_^)リンク集をここ作ってあります。

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