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June 12, 2005

科学コミュニケーションとディベート

科学技術コミュニケーター(参考:北海道大学養成講座
のニュースを見たとき、なんだかなあ、と思った。
悪いことではないけれど、文科省さんはなんかこれを切り札と思っているのではないか、だとしたら、違うような気がする。何が違うのかそのときはわからなかったけど。

『遺伝』という専門雑誌が科学コミニケーションについて特集したらしい。
2005年1月号
「市民が反対する原因は、遺伝子組換え技術をはじめとする生物学の知識の”欠如”にあるので、遺伝子組換え作物は安全であることがわかる”正しい知識”によってその”欠如”を埋めることで批判は弱まり、導入がスムーズに進むことになるのだと、ところが実際は必ずしもそうではない」(同誌32ページ)

ここで、科学知識が
研究機関→報道機関→市民
の構造で固定してあるかのようである(同誌には理想モデルとして四面体モデルなるものが掲載されているが、これもありえないだろう。矢印が双方向になっているなんてそんなうまい話はあるものか)。
他の知識、政治や経済の知識を得る場合はこのようなことはない。
TVや新聞、雑誌、書籍など市民の側がフレキシブルにアクセスして知識を得るはずである。敢えてなんたらコミュニケーターの必要性はないはずである。
科学技術コミュニケーター、別に居てもいいが、もっと別のことも考えるべきではないか。

で、気づいたのはディベート思考の必要性である。
ディベート論題で遺伝子組換え技術は、定番なので、上記の例はそのまま適用できる。
世の中には推進派もいれば、危険視して否定的な意見を公表する団体もいる。
(先の記事は、何を媒介したものを「正しい知識」と言っているのか?)
遺伝子組換え技術の是非を知りたければ、その両者の情報を集める。できるだけ多く、と言いたいが試合をするわけではないので、「多く」より仲間と吟味する方が大切であろう。その際にディベート思考、クリティカルシンキングというものが役に立つ。
その検討した結果を市民が適宜に吸収していけばいいのである。

もちろん、ディベートというものを学ばないといけないわけだが。
これからは、市民NPOのツールとしてディベートを考えてみてはどうか。

ところで、
齋藤孝さんがディベートを誤解しているとのことらしいが、

・西田直樹氏のブログ

齋藤さんにはまず、ディベートはわからないだろう。彼は、伝統的な国語学習法を強化、発展させようと思っているらしいから、ディベート・議論術とは全く交錯しない。しかし、ディベートを批判するならば、正しく認識してからするべきである。上記のブログから判断すると、まともな情報収集はしていないだろう。学者としては問題アリだな。

ディベートが万能だとは思わないけれど、ディベート技術を身につけると、是非を的確に判断できる賢い人間になることは確かである。

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【アマサイは勝手に2005年国際物理年に参画しています】
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