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March 05, 2007

書談:香西秀信『論より詭弁』

Ronyorikiben
『論より詭弁-反論理的思考のすすめ-』
著者 :香西 秀信
価格 : \735 (本体 : \700)
出版 : 光文社
発行 : 2007.2
http://www.bk1.co.jp/product/2756636


香西さんは本書の冒頭から
「①正直言って、私は、真面目な動機から、論理的思考について学ぼうとする人間が好きではない。②そういう人間に限って、論理的思考力の効能を固く信じ、正しい議論を真剣なってやろうとする(ディベートの訓練をしている人など、大抵そうだ)。③だが、議論に世の中を変える力などありはしない。④もし本当に何かを変えたいのなら、議論などせずに、裏の根回しで数工作でもした方がよほど確実であろう」(P.9)
とおっしゃっている(数字はアマサイが便宜上つけました)。

香西さんの専門は修辞学と国語教育である。明治図書出版(教材や教育学の出版社)から『反論の技術』や『議論の技を学ぶ論法集』などの書籍を出している。主に国語教員向けの出版物であるが、10年前はまだディベートを学ぶための手引き書が不足していたので、ディベート学習者、指導者も購入したことであろう。アマサイも両方とも持っている。香西さんは別にディベートを念頭にして書いたわけではないので、私たちの所望のテキストではないのであるが。

というわけで、香西さんは論理的思考教育の一端を担われているになぜこのような発言①をするのか不思議である。

で、②の文。そりゃあ、学校の必修ではなく、自ら進んでディベートを学ぶ人は、何らかの効用を信じているだろう。文章を書く際、ビジネスパースンでいうと企画書や会議で発言する際、役に立つと実感している人は多い。ただ「正しい議論を真剣に」にやるのはルールに則りディベートに熟知したジャッジが最低1人含まれる場だけである。ビジネスの現場や友人との間「正しい議論」などあるはずもない。

で、③の文。ええ、別に世の中を変えようと思ってディベートやってないですから(^^;)。国会なんかで野次や牛歩戦術じゃなくて、ちゃんと討論をすれば、政治はよくなる、くらいは考えてます。

で、④の文。根回しで世の中変わんないでしょう。それ現状そのもの、困ったちゃん状態だから。

------------------
香西さん、かなりディベータ、ディベート経験者が書いたと思われる論理思考の本がお嫌いなようである。
本当にあったとは思われないが、
入社試験面接で、人事担当者と受験者でその会社のCMを巡って討論となった。担当者は議論をうち切り「このCMは我が社の方針に基づいて作られている。それに従えないのなら、入社は諦めてもらう」と宣言した。ディベートで鍛え上げた受験者は「虚偽だ、詭弁だ、非論理的である。力で訴える議論で思考停止だ」と金切り声をあげた。担当者は「詭弁で結構だ」と彼を退出させた。少なくとも私ならそうする、
という事例を上げている。

まず、あり得ないないでしょう(^^;)。なぜ、入社面接でCMの話題になるのか。おそらく(これが本当なら)担当者が「我が社CMについてどう思うか」と聞いたのでしょう。それで、受験者は否定的なことを言ったんでしょうな。ディベートを学んでいるか否かにかかわらず、こういう場合、3つくらい褒めて、1つくらい欠点を述べるのがいいでしょう。彼はそうは答えなかった。大学や関係機関で面接のシミュレーションをしている今の学生がマニュアル通り答えないはずはないではないか。まあ、彼は変わった人なのでしょう。だとしても、面接した担当者はおばかさんである。面接の場で君は雇えない、ってルール違反でしょう。にっこり微笑んで書類に×でも付ければいいのだ。受験者が詭弁だ!と叫ぶのもおかしい。まして、ディベートを学んだ者が「詭弁」という言葉を使うとも考えられない。それこそ、思考停止である。

まあ、この事例は香西さんが作った「捏造」事例でしょうね。ディベート学んでいる学生はこうするに違いないという思いこみですね。まとめると、

・入社面接は、自分がいかにその会社に適合しているかをアピールする場である。論理的思考で答えることが適っていればそうするし、よいしょ、が必要だったらそうする。今時の学生がそれがわからないはずはない。

・ディベータは常にディベート試合のように発言するという先入観。ありえないです。ディベートのスピーチみたいに常にしゃべっていたら、友達なくします。
( ̄▽ ̄;)
(ああ、学生ディベータはディベートサークル以外の友達少ないかも。。。)

・ディベートにおいて、相手の発言を詭弁と非難することはありません。意味ないですから。修辞学での定義は知りませんが、詭弁=屁理屈と一般的に理解されます。詭弁とか、屁理屈という批判は、論理的思考ができない者が、論理的思考を行っている者によくいう台詞です。

みなさんも親や学校の先生によく言われませんでしたか?
「お前はどうしてこんなことしたんだ」
「それは○○で、××だから、、、」
「屁理屈いうんじゃないっ!」
って(聞いたから答えただけなのに理不尽であります)。
教育の場面では、理屈を言うな、ということが効果的な場合もあるでしょう。

この本については、まだ書きたいことがありますが、この辺で。

結局論理的思考入門書には変わりありません。人気blogランキング自然科学へ、ぷちっとな。【押す】
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教育の場面では、理屈を言うな、ということが効果的な場合もあるでしょう。アマサイさんのこんな一文だけにひっかかってしまいました。ひっかかったと言ってもカチンときたとかではなく、ほんまにそういう場面であるんかな?という意味でもひっかかりであって・・・えっと。....... [Read More]

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