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October 26, 2007

青春の書(*^^*) その2

アマサイは結構若いころから理系・文系の区分けについて問題意識を持っていた。つーか、大げさにいうと自分は何者なんだろうか、工学部に進んだけれど、小説も読みたいし、哲学とか歴史も学びたい。そんなの、授業外にやってりゃいいじゃん、って話なんだけど、そうじゃなくて、そうじゃなくて、全部ちゃんとやりたいんだぁーみたいな。って、全部やりゃーいい話なんだけど、それほどおつむのスペックは高くない。そういうギャップというか大きいな空洞を抱えて20代を生きていた。友達にちょっとそういう問題提起をしてみるんだが、そんなことを考えているのはアマサイだけみたいなんだな。孤独は感じてな(若いころは誰しも、私はひとりぼっち、と思うんで、ちょっと長引いている思春期病みたいなもんで、これ自体は別に特異なことではないけれど)

後年、科学史や科学哲学という分野が確立していて、アメリカには学部も学科もあるって聞いてすごくうれしかった。日本にもあるけど、小規模すぎるんだよね、それにちゃんとあるのは東大だけだったし。そしてまた、その後、放送大学に入って、教養学部って枠組みで勉強していて、そうなんだ、これなんだよ、私の求めていた場所はこれなんだよ、って心の中で大きく叫んじまったよ。もっと早く知っていればなあ、でも、知っていても当時ではどうにもならないわけで。

私の観点とは違うけれど、理系・文系の差異について考えていたエライ人はいた。エライとは、アマサイみたいな一市民じゃなくて、発言力ある大学教員とか評論家とかジャーナリストということ。

その先駆だろうと思われるのが、太田次郎先生だ。

太田 次郎『文科の発想・理科の発想』講談社現代新書

何が書いてあったか、はっきりとは思い出せない。これは内容を忘れてしまったというよりも、今となっては常識みたいなことやアマサイが他の情報源とごっちゃにしている部分があるからだ。とにかく、文科の発想・理科の発想、というものがあり、お互いにお互いの考え方を分かり合うことでいい未来があるんじゃないかということだ。学力低下とか、理系の地位向上とか、わけわかんないことに短絡的に結びつけないところがよかった。

この一書でその空洞を少しばかり埋めることができたような気がするな。

その後文理シナジーという考え方も出てきたのだけれど、あまり一般化されていないのが現実である(だから某理系白書は、内容が大したことなくても「ラベル」だけで人気がでるのだろう。一種の隙間産業だな)。
『文理シナジーの発想-文科と理科の壁を越えて-』
丸善ライブラリー

もっとも情報学とか、複雑系とか、経済物理学とか、学際的には文理の壁はない。利益関係、と言ってしまっては言い過ぎであるが、自分の領地を広げようと思ったら、自分は文系だから、理系だからとかは言っていられない。翻訳ソフトなんかはとっくの昔に言語学者と連帯してたし、国語学者の協力なくしては日本語ワープロも難しかったろう。

文理の関係は、実用面が強い学術、ビジネスの領域ではあまり境がなく、一般、特に高校以下の学校社会では日本人の思想をしばっていると思われる。

しかし、『文科の発想・理科の発想』という発想は太田次郎という生物学者から生まれたけれども、物理学者から生まれないような気がする。なんか物理学ってどこまで行っても極右って感じがするなあ、飽くまでも感じ、フィーリングなわけですが。

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