無料ブログはココログ

« ビル・ゲイツの跡には何がある? | Main | 「きぼう」は希望である。 »

March 13, 2008

訃報:渡邊二郎先生

うーむ、なんということじゃ、渡邊二郎先生が亡くなられておった。

渡邊 二郎(わたなべ じろう、1931年10月15日 - 2008年2月12日)は日本の哲学者である。東京都出身。東京大学名誉教授。放送大学名誉教授。専攻は、西洋近現代哲学。ドイツ哲学の研究者。ドイツ観念論・実存主義・ハイデッガー等についての研究がある。1991年7月から1995年6月まで、日本哲学会の会長を務め、1996年から1999年まで、日本シェリング協会の会長を務める。1963年、東京大学より博士(文学)。

1958年、東京大学大学院人文科学研究科哲学専門課程博士課程単位修得退学
1958年、成城大学文芸学部専任講師、その後同助教授を経て
1964年、東京大学文学部助教授
1978年、東京大学文学部教授
1992年、東京大学名誉教授
1992年、放送大学教授
2001年、放送大学名誉教授

アマサイの放送大学の卒論の、あれはなんというのだ?審査主官?なのだ。副官は当然指導教官の伊藤(勿康)公一先生であーる。で、テーマは「トーマス・クーン『科学革命の構造』」じゃ。問答はもう忘れてしまったが、伊藤先生が論文の具体的内容に触れられ、そのあと渡邊先生の質問段階になった。

「アマサイさんは、クワインについてはどう思われますか」

「はい?ク、クワインですか?(英米現代哲学のテキストに確かそんな名前があったな)」

「そうです。アマサイさんは、クーンのパラダイムをずいぶんと評価されているようだけれども」

「(だって、それがテーマなんだし)」

「別にクーンの考えが画期的なんではなくて、それ以前にクワインが提唱した枠組み理論の焼き直しではないんでしょうかね」

「(え、そんなこと言われてもクワインはそんな勉強してないからわかんないよ、それに私のテーマじゃないし)はあ、そうなんでしょうか」

「やはりね、哲学理論というのはね、急に出来上がるものではなくてね、つまり、カントを中心とする、ドイツ哲学が、うんぬんかんぬん(哲学の基礎のご講義)」

「・・・・・」
(以上はあやふやな記憶に基づいて)

身も心も痩せるとはこのことである。かなり憔悴して教室を出た。卒論面接は、結構しぼられるとは聞いていたけれども、論文の範囲外のことを聞くって禁じ手ではないのか。まあ、それは私の認識であって、渡邊先生にとっては、範疇なのであろうが。

略歴にあるように、渡邊先生は、ドイツ哲学が専門であって、分析哲学については放送大学に着任してから、あるいは、その直前に研究なされたらしい。なんで、その先生に「英米現代哲学-分析哲学を中心に-」なんて科目を担当させるのか、よくわからんが。(当時の)文部省放送大学設立部隊の人脈の問題なんだろうが。つーか、学生の間でも、渡邊先生は分析/科学哲学は嫌いなんだよ、ってのがもっぱらの噂で、そのテキストもあまり肯定的には書いていないのだ(のちにそのテキストはちくま学術文庫で発刊されたがまもなく品切れ絶版になった。やっぱり、問題があったらしいな)。

Kouzoutokaishakuとなんだか、お世話になった先生を悪く言っているようだが、渡邊先生には感謝しているのだ。その英米哲学のテキスト(『構造と解釈』という科目もありました)はコンパクトにその要旨がわかるものであり、きちんと、原典の引用が詳細に書かれている。アマサイはその教科書をじっくり読んで現代哲学の要諦を学んだ(だったら、クワインだってわかるだろう、というつっこみは止めてね)。学年が上がってくると、放送授業を聴いている間がないので、スキップしてしまうのだが、この授業は自分の卒論に関わりがあるので、ちゃんと録音テープを聴講した(だったら、クワインだってわかるだろう、というつっこみは止めてね)。

そして、それまで、理系バカ(いや、バカでもないんだが)だったアマサイにとって、日本を代表する哲学者の一人と言葉を交わせたことは、特筆すべき体験なのだ。それにあのような質問をされたのも、アマサイ達学生を哲学専攻足りうる一人前の学徒として認めているからであろう。

その恩人が亡くなられたのはやはり寂しい。天国に行っても、ドイツ哲学の講義をなさっていることだろう。

---------------
どっかに書いたと思うが、放送大学は教養学部のみで、一応通常の大学で学ぶ学科がほぼ網羅されている。と言っても、リソースに限界があるので、理系の専門実験や演習のような講座はない。アマサイは物理を専門的に勉強したかったのだが、そのときは、物理学者たる先生が専任としていなかった(その後、物理の先生も専任になった)。ゆくゆくは、一般大学の研究室と連携して、卒業研究なんかもと言われていたが、いつになるかわからない。なら、いっそ、放送大学でしかできない勉強、前から興味があった、科学史、科学哲学で卒論を書こうということにしたのである。そのころは、草創期でもあり、とても融通が利いて、自然の理解(理学部みたいなもん)専攻のまま、哲学の教授に付いて科哲の論文を卒論として認めてくれたのだ。まあ、かっこよくい言えば、物理と科学哲学のダブルメジャー?科哲の先生、伊藤公一助教授がいらしたのが、なんともラッキーだった。

科哲じゃ、食べていけないんで今の仕事してます。人気blogランキング・自然科学にぷちっとな。【押す】
≪コメントは応接室にお願いします。≫

« ビル・ゲイツの跡には何がある? | Main | 「きぼう」は希望である。 »

「学問・資格」カテゴリの記事

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/61116/40483607

Listed below are links to weblogs that reference 訃報:渡邊二郎先生:

» 訃報:渡邊二郎先生 [琉波尚志のブログ]
アマチュアサイエンティストさんのブログで渡邊二郎先生が亡くなられたことを知った。 当初、哲学に興味を持っていた私は放送大学の人間の探求専攻に入学した。多くの先生方の科目を受講したが、渡邊二郎先生のテキストはとてもわかりやすい文章で、哲学素人の私にもすんなり頭に入ってきたことが印象的だった。 渡邊二郎先生の科目はいくつか受講しが、一番最後に受講したのはたしか「自己を見つめる(''02)」だったと思う。 あれから6年。その後私は哲学から遠ざかってしまったが、渡邊二郎先生がお書きにな... [Read More]

« ビル・ゲイツの跡には何がある? | Main | 「きぼう」は希望である。 »

サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

更新情報

August 2017
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31