「羞恥心」よりお馬鹿さんな大学教員
世の中にはいろいろなことを考える人がいるものだ。
49年、湯川博士にノーベル物理学賞が授与された背景には、ノーベル物理学賞の選考委員でもある「マンハッタン計画」に責任を持った多くの物理学者たちの明確な「後悔」と「謝罪」の念が込められています。学術的な流れだけで考えるなら、湯川博士の受賞は戦後の1947年、イギリスのセシル・パウエルが湯川博士の予言したπ中間子を発見したことが契機となったとされています。
実際49年に湯川博士、50年にパウエルがノーベル賞を受賞しており、公開されたノーベル賞の推薦文書や選考経緯なども科学的に厳密な話だけで説明がつくように見えます。しかしノーベル賞には、この個別審査以前に「企画段階」というべきレベルが存在しています。湯川博士への単独授賞は、明確に「原爆投下への謝罪の意を込めて、日本科学を世界第一線のものと承認するセレモニー」としても企画されたものだと考えられます。
広島の原爆死没者慰霊碑には「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」という銘文が記されていますが、これと同じメッセージが、欧米先進国の物理学界の創意として、湯川博士への授賞には込められています。
「2度とこんな過ちは繰り返しません。どうか日本人の皆さん、そして日本人科学者の皆さん、私たちが力を合わせて開発した原子爆弾が、軍部の暴走によってあなたたちの国に投下されてしまったことを、許してください。
原爆を投下したのはトルーマン司令官以下の米軍ですが、この兵器を作ったのは私たち科学者です。科学者は、自分たちが作ってしまった兵器という鬼子にも、きちんと責任を取らねばなりません。この謝罪の気持ちを込めて、私たちは日本の科学が世界第一流の水準にあることを承認します。どうか私たちの罪を許してください。2度と過ちは繰り返しませんから」
マンハッタン計画に加わった科学者たちの「挫折感」がいかに大きなものだったか。それを日本人が知るに至るのは何十年か後である。
これが、米国に留まらず連合軍の科学者全体のものだったということはあるだろう。機会があれば日本人に謝罪したい。それもあるだろう。
で、それが、なぜ、湯川のノーベル賞なの?
全然論証が甘い。
ってか、なぜ一人の日本人の賞を与えてそれが謝罪の意になるのかてんでわからない。
100歩譲って、そういう意図はスウェーデン科学アカデミーにあったかもしれない。
で、それをなぜ日本人が日本には素晴らしい科学者がいたのだ、日本は必ずや復興できると、昭和20~30年代に生きた人が喜んじゃいけないのか。そんな毛唐の謝罪なんか必要ない。日本人は優秀な民族なのだ、戦争に負けても他の分野で勝っていくことができるはずだ。
極めて健全な精神である。
てかさ、
実は長崎への原爆投下が実験であったことは、私自身40歳を過ぎるまで知りませんでした。2005年8月、原爆投下60年の記念行事を主催したのですがその際、元長崎大学学長で、湯川、朝永両博士が創設メンバーである「世界平和アピール7人委員会」委員の土山秀夫先生から伺って、初めてきちんと認識できました。
伊藤乾、貴様はバカか?そんな、日本人として43まで生きてきて、ナガサキ・ヒロシマを知ったのはほんの3年前ですと。
日本にはねえ、美しい言葉があるのですよ。
貴様なんぞ、「豆腐の角に頭をぶつけて死んじまえ」
とな。
こんな言葉遊びをまき散らす大学教員、それを堂々とビジネス系サイトにのせる日経新聞の精神が全くもって不可解です。
前回コラムに読者の方から「田中耕一さんのノーベル賞の背景は?」というお問い合わせを頂きました。田中さん授賞の背景は、日本企業と企業人に、米国のIBMやGEなど、先進各国企業とその研究者の基礎研究への貢献を呼びかけ励ます「一般人代表」としての側面がある、と聞いていますが、これだけ単発的に申しても全体像が分かりにくいと思います。すでにお話しした南部、小林、益川各博士、また今回の湯川博士を含め、ノーベル賞を受けた日本人15(16)人のすべての業績について、その意味と、背景に存在する驚くべき事実など、順次お話ししてゆきたいと思います。
そんなにみなさん、こんなバカ話が聞きたいんですか?
昔、読んだ「ユダヤ人陰謀シリーズ」を思い出すのは私だけでしょうかねえ。人気blogランキング・自然科学にぷちっとな。【押す】
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