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July 21, 2009

戸塚さんの晩年

こないだ、戸塚洋二さんの闘病生活のドキュメンタリーをNHKでやっていた。初めはターミナルケアの番組かと思っていたので見なかった。

アマサイは死が恐い。父は10年前に亡くなった。急に死期を迎えたのであまり実感が無かった。葬式を終えるとああもう居ないんだなと思った。

母は今元気だけれども、これから先は分からない。母が亡くなったら大きなショックだろう。父に対してはあまり愛情を感じていなかったが、それでも、葬式を終えてから鬱になった(鍼の先生が、あまりの病状に「何かすごく悲しいことでもあったの?」と聞かれた)。母のときは、精神が正常でいられるか自信がない。

そして、そこから遅かれ早かれ私も死ぬ。

そんなことを時たま考えるということは私も年をとったのだなあと思う。結婚はしていないし、子供もいないからひとりぼっちになる、というのに変にリアリティを持ってしまう。妹、弟はいるけどね。

だから、死に直面する話などテレビであっても見たくない。

しかし、戸塚さんの死は知りたい。偉大なる科学者はどのように死と立ち向かったのか。

戸塚さんは凄い。癌の再発によって勤務がままならなくなると、病気の進行を克明に記録する。医者に無理をいい、患部のレントゲン写真をもらい、腫瘍の大きさを測る。そんなことして恐怖はないんだろうか。通常では考えられないが、それによって戸塚さんは精神の安定を保っていたらしい。

ある日、同じ病の人からメールがくる。不安な毎日を過ごしているという。

戸塚さんは数日考えブログを通じて返事を書く。

自分は凡人なので、1日1日を精一杯生きるというようなことはできない。

自分の出来ることは、人の話を今まで以上に良く聞き、身の回りを観察する。本をゆっくり読む。文章は推考を重ね、より意図が通じるようにする。そうすると毎日に張りがでる。

そんなような回答である。

戸塚さんは科学者というより、ギリシア時代の哲学者のようだ。

昔は、多くの情報を瞬時に処理するという能力はあまり求められなかったと思う。深く思索するということが、生きる基本だったのだと思う。

戸塚さんの晩年の生活こそ、普遍的な思想だと思う。

だから余計に若死にが悔やまれる。

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