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July 02, 2015

教養こそ大学の使命

文科省が、文系を減らしてITエンジニア養成をしろとか言っているらしい今日この頃ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

国立大 文科省通知の波紋(下) 改革、自らの責任で
石弘光・一橋大元学長
2015/6/29付日本経済新聞 朝刊

 一橋大学の石弘光・元学長は、国立大学に教員養成系や人文社会系の見直しを求めた文部科学省の通知は政府主導の大学改革の色彩が濃厚だと批判。大学が自主的に問題点を整理し必要に応じて改革に乗り出す責任があると指摘する。  「社会に役立つ」ことは、職業訓練学校に求めるべきで大学に求めるものではない。大学ももちろん、実学や職業教育といった視点からその専門性を生かし社会のニーズと向き合う必要がある。と同時に大学は学問を通じ、その時代ごとの社会的要請とは別に、普遍的に人類の存立・発展、社会経済システムの基盤のために知の創造・伝承を行う場である。人文社会科学こそが、まさにその基礎を築くことになる。

 物事に対する洞察力を深め、多様な価値観を尊重し、そして自ら人格形成に努めるために、主に人文社会科学に立脚する幅広い教養こそが不可欠なのだ。相変わらず多発する研究者の様々な不祥事は、まさにこのような教育を若い時期に十分に受けてこなかったことに起因していると思う。

 法人化後、大学の自主性がもっと増えると期待していた。しかしこれまでの経過を見るとそれとは逆に、政府の介入の度合いが一段と強まってきたといえよう。

 文科省が提起しているような「大学の組織見直し」など、外からの圧力でなく本来大学が自らの責任で遂行すべきものである。このために学長のリーダーシップを強化する仕組みが法人化後次第に整備されてきているのだ。今般の人文社会科学の組織見直しについて、まず大学が自主的に問題点を整理し、必要に応じて改革に乗り出すべき責任があろう。

大学ではFortranなぞやったが、まあ、アルゴリズムってこんなもんなのね、ということがわかったのか、わからなかったのか。

むしろ、教養科目の方が後々の役に立ったかもしれんな。

理工系でも、その専門を生かした職につけるなぞ、一握りくらいだよ。
最高学府の「教育」というものが、どんな職についても社会人としての基盤となるのである。

意外にも一番役に立ったのは、放送大学で学んだ哲学かもしれんな。ものの考え方、そのものだからね。技術や特許のことはその職場に行って学んだし、プログラミングなんて会社に入ってからその部署で学べばええがな。

簿記だってそういう部署に入ったら会社で取らせるんでしょ。

というわけでアマサイの第二の母校放送大学教養学部が時代の最先端を行っているわけであるよ。

皆の者、放送大学を仰ぎ、奉れ!

石先生は放送大学前学長でもあらせられるのだ!【押す】。ご意見ご要望は新掲示板にお書き込みください。家主が確認の上、公開いたします。

March 06, 2013

教育はむずいね。

■ 特別対談
 「未知に挑み、新しい価値を生み出す」

 村山斉 東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構 機構長
野依良治 理化学研究所 理事長

未知へ挑むための教育

野依:私たちの知っていることはとても限られており、自然界には予期せぬこと、未知の部分が非常に大きく残されています。ところが若い人たちの多くが、未知の部分が大きいことに気付いていない、あるいは未知に挑むことを恐れているように見えます。
村山:その点で、学校教育に不安を覚えています。学校ではすでに分かっていることを覚え、使いこなすことが基本になっています。疑問を持ち、自分で考えてみることを励ます教育になっていないように思えます。
野依:知識の総量は決まっていて、それを0から100になるように覚えさせていく、といった誤った考え方の教育にあるのではないでしょうか。本当は発見により大きな未知の部分が新たに見えてきます。発見すればするほど未知の部分は増えるので、いつまでたっても森羅万象を理解することはできません。そのような科学観を子どもたちに教える必要があります。そして、未知に挑戦する若者を育てていかなければいけません。
(中略)
司会:どうすればよいでしょうか。
野依:学校の授業や講演などで伝えることができるのは、整理された情報、いわば形式知です。しかし自然界には、きちんと記述することのできない原理原則があります。そのような暗黙知を体得させるために、子どもたちを田舎に連れていき、自由に自然に触れさせることも必要ではないでしょうか。
村山:私は米国で子育てをしました。米国の学校では、親が遠足に連れていきます。山に遠足に行ったとき、グループで臨機応変に問題を解かないと、次の場所へ進んでいけないゲームをしました。そのとき、学校の成績があまり良くない子がリーダーシップを発揮するのに対し、成績の良い子は何もアイデアを出せませんでした。その様子を見てショックを受けました。机の上の勉強で身に付ける能力と、訳の分からないところから何かをつくり出していく能力が結び付いていないと感じたからです。
野依:成績の良い子は、数式や図形など明確に記述された形式知の問題には強い。しかし自然にはうまく記述できない問題の方が多い。そのような、正解はないかもしれない問題について、自分なりに考え納得することがとても大切です。

このお二人の意見が合うとは思えないのですが(^_^;)。
まあ、対談で喧嘩するわけにもいきませんしね。

研究者同士で教育を語っても有益な案って出ないと思うんですよね。
「お勉強」で生計を立てている特殊な職業ですからね。
中には、学生時代は劣等生で、という方もいらっしゃるとは思いますが。研究上の困難しか経験してこなかったですからね。

知識偏重じゃなくて創造的な教育を、って言ってもね。

別にアメリカが成功しているわけでもないしね。


村山先生はお話が上手ですし、書くものもわかりやすい。天は二分を与えるんだなあ。人気blogランキング・自然科学にぷちっとな。【押す】
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January 25, 2011

科学技術コミュニケーションの評価

科学コミュニケーション研究会関東支部勉強会というのに言ってきました。

科学コミュニケーション研究会のページ


北大・石村源生特任准教授のお話でした。科学技術コミュニケーションの評価についてです。

プロジェクトの各フェーズで評価し、全体を評価し、時系列で評価し、みたいな話。と書くと簡単ですが、含蓄深いものでした。中でも「評価というのは手紙なようもので、誰に見てもらう評価なのかが大事」というのは目から鱗でした。

特許も評価手法の開発が盛んです。それはより客観的にその特許を評価するものです。ぶっちゃ言えば、売れるような特許か、金融関係に出すときに金をたくさん借りられるような特許か、ということです。後者は近年ますます盛んです。技術のわからない金融屋に如何に重要な技術であるか説明する、評価を提示する、答えらしきものはいくつかあって、決定打となるものは見つかっていません。

で、ここで本題に戻る、
『Web2.0 と科学技術コミュニケーション』という論文に勉強会との内容と一部重なるので引用してみます。

6.4. 集合知としての科学技術コミュニケーション

結論から言えば,私たちはとにもかくにも「科学技術に関するコミュニケーションが量的・質的に拡大することで,様々な課題が解決される(事態がよりよい方向に進展する)」という仮説の下に,暫定的に共存しているということなのではないだろうか.
これは,民主主義や市場経済の意思決定機能・計算機能に対する基本的信頼のようなものかもしれない.もしそうであるならば,当然のことだがこれらのシステムの欠点も同時に受け継いでいるに違いない.
実際,科学技術はあまりに高度化し,また,社会の側の不透明化,複雑化,流動化も進んでいる.人々の価値観は多様化し,あるコミュニケーションがどのような帰結をもたらすのか,見通すことは難しい.しかしいずれにせよ,私たちはもはや科学技術と無縁ではいられないということだけは確かである.
科学技術コミュニケーションとは,このような困難な時代を生き抜くための,いわば「『集合知』を生み出すプロセス」だと言えるのではないだろうか.
「集合知」とは,Web2.0の文脈で特に注目されている言葉で,一定の条件が整えば20)集団によるコミュニケーションから生まれた知識や判断は特定少数の専門家によるものと同等か,場合によっては優れている場合がある,という意味である.


web2.0という言葉は嫌いですしも、今は2.0を越えているのでしょう。

一定の条件が揃えばというのは、どういう状態でしょう。勉強会でも質問したのですが;
現状、科学技術コミニュケーションということは一般的にほぼ無名に近いです。それをある程度完成したかのように語るのは、議論の土俵を違えているのではないでしょうか。
勿論、石村さんたちは科学技術コミュニケーションを研究しているのだから、それがある程度力あるもの、存在感のあるものとしないと議論はできないでしょう。

しかし、それはあまりにも過大評価ではないでしょうか。この分野の専門家には無用なのかもしれませんが、どの論説にも、現状これとこれは出来ている、これとこれは手がけている途中だ、そして未来像は、と語ってはどうでしょうか。

だって、科学技術コミュニケーションの主なる対象は、その集団外、あるいはラインにいる人達なのですから。


優秀な方たちがたくさん参加されており、それは科学技術コミュニケーションの未来を感じさせるものでした。人気blogランキング・自然科学にぷちっとな。【押す】
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November 01, 2010

こくご

Twitterで国語教育についてつぶやいてみた。

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自分の学校時代を考えても、源氏物語なり、夏目漱石の世界に憧れて国語教員になった人ばかりのようでした。作文教育がイマイチ充実しないのは教員自体が作文が嫌いなのかも。指導がめんどくさいからね。
posted at 16:26:23

文科省はTOEIC世界何位を気にしても、国語力の低下は意に介さないようだ。学校教育が一番子供の国語力に寄与しているはずだが。国語力がないのに英語を学ばせても、挨拶以上に発展しないというのは自明だと思うが。
posted at 16:34:49

私もそう考えています。教員の意識も問題です。高校の時「昔は女子で国語が苦手な子っていなかったけど」という言葉が思い出されます。日常的に小説をよんでいればわざわざ学校で教えることもないという考えです。そういう牧歌的な時代は終わりましたよね。
posted at 18:34:29

日常的に読書していれば、国語教科が必要ないというのは賛成なのさ。だって、古典を除くと、教員の固有の思想を語っているだけでしょ、国語の授業って、そうならないために、外国語に似せた体系にした方がいいかもしれない。
posted at 18:39:07

外国人への日本語教育と連携して考えたらどうかなと思います。英会話のイギリス人講師の日本語テキスト見せてもらったら、論説文なんかが教材でした。やはり国語教育を反映してるようでした。
posted at 19:27:00

ディベート教育に一番馴染まないのは(文学系)の国語の先生でしょうね。文学鑑賞はとても大事ですけれど。
posted at 19:29:51

今の人は明治~昭和前期の小説を極端に読まないみたいなので、鑑賞の仕方みたいのは国語で教えないといけないかなと思います。これから何十年も、漱石・鴎外等でいいのかという疑問はありますが。
posted at 20:19:38

漱石3部作なんて不倫の話でしょ。あんなの中学・高校の推薦図書でいいのか、という疑問はあります。でも、それによって、情緒教育、性教育?までまかなっているのかしら。疑問はあるけど、これらの文学を否定する有効な反論は持っていません。
posted at 20:24:17

男子より女子の方が国語能力に長けているのは疑いようが無いと思います。基本おしゃべりだし←重要、今でも交換日記みたいのしてるらしいし、物語を空想するのも読むのも好きな子が多いです。これは万国共通みたいですね。
posted at 20:32:52

と言っても私は不完全文学少女だったのでそんなには読んでないです。米原万里さんは父君に、帰国したとき恥ずかしくないよう日本文学全集を読みなさいと言われたようです。そういう教育でも受けないと全部は読まない。で、帰国して高校の同級生は、米原さんの半分も読んでいなかったそうです。
posted at 20:42:30

国語教育以上に大事なものなんて学校ではありません。。人気blogランキング・自然科学にぷちっとな。【押す】
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December 04, 2009

学研の『学習』と『科学』実質廃刊

ついにこの日が来てしまいましたか。

『学習』『科学』休刊のお知らせ

アマサイが小学生のころは、販売員さん(♪学研のおばちゃんまだかな~♪CMがありました)が個別に配達に来てて、その後、学校の裏手に出店してました。そして、またその後は、学校御用達の文房具店で置くようなったという感じです(これらの販売ルートは地域によって違うようです)。

本なのになんで本屋で売らないのか、不思議でしたが。付録が定形外だったので、並べられないのかな、と思ったら、近年は学研コーナーを作って売ってますね。

4年生のときは、『学習』も『科学』も両方取ってもらえました。非常に楽しい1年でしたね。知性(?)豊かな子供時代だったと思います。「科学はおもちゃみたいだからダメ」と翌年から『学習』のみのなりましたが。

学研が言うように児童の減少が原因と思いますが、残す術はあったように思います。

塾なんか行くより、『学習』と『科学』を毎月読んだ方が創造性は養われるでしょう。本物のゆとりが生まれます。ゲーム世代では尚更のことです。

高校無料化/子供手当なんかより、こういう教材を購入して無料で配布する方がよっぽど教育的です。

やはり、理系ブロガーのみなさんは同様に寂しさを感じているようです。
・JosephYoiko氏
・Kimball兄貴

極度の不況ですから、何を残して、何を削減するかは重要ですが、その基準がなにやらおかしいと思う今日このごろ。人気blogランキング・自然科学にぷちっとな。【押す】
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November 17, 2009

そこに愛はあるのかい(^^;)?

教員養成に6年 29教委が反対

六年も何教えんすか(^^;)。やっぱり実地でしょ、教員は。だったら採用二年間は仮免でそれが過ぎたら本教員とかにすれば?今は多分副担任を経てから担任をするとかしてるのかな。
教育学なんて実用性がなければ意味ないっしょ。

あと教員の能力が気になるなら社会人経験者の活用ですね。今でも、教科ごとには一部実施されてるかもしれませんが、教員の中途採用?を積極的にするのです。これらの人は、社会常識はあるはずなんで仮免は一年未満です。

みんなプロの教員を甘くみてるなあ。どうしようもない人はどうしようもないけど、職人的な先生もたくさんいらっしゃるはずです。そういう人達を尊重し、給料高く設定しないと。

高校無料化よりよっぽどいいし、技術立国の近道です。


表題はNori-Pさんも出ていた人気ドラマのセリフの1つです。人気blogランキング・自然科学にぷちっとな。【押す】
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