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November 16, 2011

徳川家光

NHKの歴史秘話ヒストリアという番組で家光をやっていたんですな。
http://www.nhk.or.jp/historia/backnumber/104.html
孫の私が がんばらねば!
~日光東照宮 徳川家康と家光の絆~

この「私ががんばらねば」という言葉が何か心に残りました。
と言ってもアマサイはそんな偉大な祖父も祖母もいないです。
ただ「今居る場所で勝つ」「勝たねばならない」という気持ちは同じだなあ、と思ったのです。

彼の境遇は全く良くないわけです。
偉大な祖父も父も今は亡くなり、
一歩出れば敵ばかり。
2代で幕府を築いたけれども、まだまだ各地の戦国武将が元気であり、あんな若造にだれが従うか、と誰もが思っている。

叔父、兄弟なんかまったくあてにできない。いや、身内がもっとも怖い敵と言っても過言ではない。

彼はどちらかというとヘタレなのです。

体は弱く、どもりで、弟に比べちょっとおつむが鈍い。1を聞いても3くらいしかわからない。

そんな青年が、老獪な武将たちを前にどうして
「わしは、祖父、父と違い、生まれがらにして将軍である。従がいたくない者は今から故郷に帰って戦の支度をするがよかろう」
と大見得を切って改革を断行し、第三代の仕事をなしえることができたのか。

興味津々です。

なぜ、家光だけで、ドラマが作られないのか(NHKに葵三代というのはありましたが)
全く不思議です。

山岡荘八がちょうどいい具合に書いてくれてるので、アマゾンの中古で取り寄せました。

秋の夜長、楽しみです。

Iemistu

家光は学習マンガで読んだような気がする。一日一回、人気ブログランキングぷちっとな。【押す】≪コメントはここ

August 21, 2011

化学史研修会

今日はこげなものに行ってきました。

写真のように立派な修了証もいただきました。

これをきっかけにに化学と化学史を勉強しようと思います。
( ^.^)ノヽ(^。^)ノあっそれそれ☆。

Shuryoblog

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http://kagakushi.org/
第8回化学史研修会 -世界化学年2011登録行事-
日時 2011年8月20日(土)13:00 ~ 17:00
場所 CIC(キャンパス・イノベーションセンター東京)多目的室2
後援 公益社団法人日本化学会,日本基礎化学教育学会,日本理化学協会,東京都理化教育研究会

プログラム
 12:30     受付開始
 13:00~14:10 西條敏美(元県立徳島中央高校):理系の扉を開いた日本の女性たち
 14:20~15:30 岡本拓司(東京大学大学院):戦前期日本のノーベル賞候補:化学賞、生理学・医学賞を中心に
 15:40~16:50 吉田 晃(明治大学):ラヴォワジエと質量保存の原理
 16:50~17:00 質疑応答
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西條さんは『科学を開いた女性たち』という本を刊行されたそうです。私は黒田チカと湯浅年子くらいしか知らないなあ。

ノーベル賞の審査状況って、50年経ったら公開されるんですね。鈴木梅太郎とか山極勝三郎って受賞してもおかしくないんですね。ええ、山極のことは漫画『栄光なき天才たち』を読んだから知っていたのであります。

ラヴォワジエって質量保存の法則を発見したとばかり思っていましたが(教科書にそう書いてあるし)、事情はちょっと違うようです。

科学史っておもしろですね。

化学史学会はオープンな勉強会をたくさんやってくれるので、助かっています。一日一回、人気ブログランキングぷちっとな。【押す】≪コメントはここ

April 08, 2011

書談:永井路子『銀の館』

Ginnoyakata■『銀の館』 上下
著者:永井 路子
価格:各\530
出版:文春文庫
発行:1983.12

単行本は80年発行。

アマサイが南北朝・室町時代を好きになったのはいつの頃だろう。大河ドラマ『太平記』を見たときか、井沢元彦『逆説の日本史』を読んだときか。足利家は源氏だから頼朝様が好きなように尊氏も好きだったのかな。いずれにしろ結構以前からファンだったのだ。

しかし、足利義政はよろしくない。日野富子はもっとよろしくない。世が乱れているのに、銀閣寺のような趣味に大枚を叩き、その妻は金儲け。なんたることぞ。

しかし、本書を読んでその考えは一転した。というか非常に現代的な物語だなと思った。NHK大河ドラマがホームドラマ化し過ぎていると非難を浴びるが、武将だろうと貴族だろうと、子供は愛しいし、生活のためには何でもやらねばいけないし、夫婦は喧嘩をするもの・・・など基本の人間模様は変わらない。

そして、義政、富子夫婦もごく普通の夫婦である。義政は大棚の旦はん、富子は名家出身。番頭ども(各地の大名)にいいようにされて経営する気はまったくなし。あんな男に任せておくわけにはいかない。代々続いた足利商店を潰すわけには行かない。おのずと息子の教育に熱が入る。「パパのようになっちゃいけませんよ」

その甲斐あって、歴代将軍の中でも1、2を争うほどの名将に・・・なるはずだった。

でも息子はダメ旦那に似てしまう。乳母を最愛の者としてしまう。こうなったのは、母上のせいですよ、おまけにマザコンである(-_-;)。

さらに悲しいことに息子は功を焦って早死にする。

子供が居なくなった夫婦にはビル風のごとく、強く虚しい空気が漂う。

なんか現代と同じだね。

ここでおもしろいのは、庶民の男女を対比しているところである。これは吉川英治の『太平記』にも見られる手法である。お上が硬直していると返って庶民が快活になるだろうか。まあ、いつの時代も一番強いのは庶民だからね。

歴史のおばば永井路子さんの作品、結構読んでいるけど、ダントツのナンバー1かな。

庶民は21世紀も快活に。人気blogランキング・自然科学にぷちっとな。【押す】

March 25, 2011

書談:永井路子『乱紋』

110319_164701


■『乱紋』上下
著者:永井 路子
出版:文春文庫
発行:1979年8月
価格:各700円
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大河ドラマで『江ー姫たちの戦国』を放映しなかったら手にとりませんでした。文春も品切れ絶版状態で、去年新装版を出したくらいでしょう。

日本史好きのアマサイも、お市の三番目の娘…ああ、秀忠の正室?平々凡々の人生だよね、としか思っていなかった。長女淀殿の人生が波瀾万丈すぎるから、、、いや違ったんだよ、末っ子の江の方がもっとすごいじゃん。いやいや、日々勉強ですな。

大河の田渕久美子版・江とはまったく違います(どう考えても永井版が史実に沿っている)。テレビは「のだめ」みたいなチャキチャキ娘じゃないといかんでしょう。そして、こちらは、義父・柴田勝家と実母・お市はすでにこの世にいません。これは永井氏が『流星』でお市の方の人生を書いているせいでしょう。三人とも秀吉の加護の元にいます。すべて江の待女おちかの目線で語られます。

なぜか末娘の江が一番先に嫁入りします。これは、秀吉が、お市の生き写しの茶々目当で、順次娘たちを追い出し、自分のものにするためといわれています。江は一度目は、尾張大野の大名・佐治与九郎一成、二度目は、秀吉の甥・小吉秀勝に嫁ぎます。そして、一度目は、秀吉と佐治とのパワーバランスが崩れ、佐治の領土が没収され出戻り、二度目は、秀勝の戦死によって夫婦生活が終焉します。おちかは、どんな運命に出会っても淡々と行動する江に落胆します。姫様がどこか鈍いのでは、。しかし、次第にそれは江の底知れぬ度量、今風にいうならば鈍感力に驚嘆します。江はなにも感じない知恵のない女性ではなく、何事も受け入れ怯まない強い女性であったのです。

それは心身共に頑丈、どんな状況でも多産そてしまう(?)生理にもあったやもしれまません。秀忠との間に三男五女を生むのです。

その上、徳川史上、正室から生まれた将軍は家光一人、正式な将軍の母は江しかなれなかった事実(あとは側室から生まれている)。それだけでも計り知れないものを持っています。

江なくしては、江戸幕府260年の歴史はなしえなかったかも。田渕氏がインタビューで答えていましたが、何故これほどまでの女性が今まで脚光を浴びなかったか、全く不思議です。本書『乱紋』の文庫化の後80年代に「お江ブーム」があってもよさそうなものです。

だが、しかし、21世紀も10年目になり、やっとお江の生き方を受け入れられる成熟した世のかなになったのかなとしなくもないです。

今読まなくては損をする一書でありますな。

おかげ様で本を読む時間はあります。人気ブログランキングぷちっとな。【押す】≪コメントはここ>◆

February 16, 2011

書談:『二人の天魔王‐信長の真実‐』

書談:『二人の天魔王‐信長の真実‐』
■『二人の天魔王‐信長の真実‐』
著者:明石 散人
出版:講談社文庫
発行:1995年09月
価格:620円(590円+税)

当然先日読んだ『魔将軍』の影響で読み始めました。

明石さんは、恐らく足利義教の本を書きたかったのでしょう。しかし、それでは売れませんからね、人気のある信長と抱き合わせにしたんですな。

一貫していることは、信長は義教を尊敬しまねようと思ったが、その優柔不断な性格故、成功しなかった、ということです。

なかなか興味深い言説は、

・光秀は天下人になるため、将軍義昭を捨て信長に着いた。信長暗殺の機会をずっと狙っていた。

・光秀の信長暗殺は非常に計画的である。けっして「変」と呼ぶようなものではなく「本能寺の戦い」というべき大きなものである。

・光秀が信長を打っていなかったら確実に秀吉あるいは家康が殺害していた。

・信長が狙っていたのは、天皇と血縁になることである、平清盛のような位置である。

・皇族・貴族はこれを察知し警戒したので、信長の意向をかわしている。

・故に光秀の行為もこれら京都人のバックを得ていたのではないかとも考えられる。

・信長人気は戦後のことである。侵略戦争の反省から、海外進出したことのない信長の再研究が行われた。

・信長は非常に(既成宗教)信仰深い。

な、感じ。

信長の戦下手はいろんな本に載っているし。

考えてみれば、アマサイが歴史好きになったは小学校のとき、信長伝の小冊子を読んでからだな。なんとダイナミックな人生なんだろうと思った。戦国時代だしね。歴史に無知な子供にこれだけインパクトを与えるのだから、昔の子供向け物語の作家は偉かったんだなあ。

それから、鎌倉時代に興味を持って、源頼朝様を好きになったのは中学生かな、もっとあとかな。

いや、日本の歴史っておもしろいですね。

講談社メチエ『籤引き将軍・足利義教』が自宅でツンドクになっているのは知っている。人気ブログランキングぷちっとな。【押す】≪コメントはここ

February 18, 2008

桜田晋也著『武神-八幡太郎義家-』

Bushinyoshiie『武神-八幡太郎義家-』
著者:桜田 晋也著
価格 : ¥819 (本体 : ¥780)
出版 : 学陽書房 人物文庫
発行 : 1997.11

頼朝様や足利尊氏が武家の棟梁と敬う義家ってどないな人やねん、というのが、アマサイの長年のなぞであった。きちんと文献を探して読めばわかるのであろうが、伝記小説なんかでお気軽に知りたいのである。って、春日局を捜していたら偶然見つけただす、本書を。

現代では、残忍なもののふとして知られているようであるが、本書では、頭は切れて、気はやさしくて力持ち、的な人物に描かれています。

前九年の役は、貞任が光貞に『蝦夷には嫁はやれぬ』と罵られたことが発端であった、と同情を寄せているし、

清衛、家衛に奥州を分割統治するように取りはからったのは、義家であるし、

後三年の役は、朝廷には私闘と片づけられているが、あれをそのままほうっておいたらどうなるねん、ということになる、

悪名高き金沢柵においては、「自分たちで事を起こしておいてぎりぎりになって勘弁してくれってどういうことやねん。大将自ら首を差し出し、他の者は許してやってくれ、というのが本筋だろが。家衛、武衛はトンデモねえ」というのは理に適っている。

まあ、殴られた方はさ、自分から手を出したとか、自分の方がひどいことしたっての忘れて、殴られた記憶だけ残るから源氏嫌いになるのは当然だと思うが。

朝廷貴族ども、武士を利用しっぱなしかい。源氏と平家を代わる代わる贔屓にし、その場を乗り切ってきたのは、このころからあったんであるな。

日本史においては、戦前に英雄視された人間は、戦後には何が何でも貶めねばらなぬ、という心理が働いているような気がするなあ。

そもそも、人殺しが生業の武士に向かって、残忍という言葉はよくよく気を付けて使わねばいけませんな。信長が寺を焼いたのと同じです。どうして、そこまでしたのか、ということを人格のせいだけにするのはいただけません。

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・義家が七代目の子孫が天下を取ると遺言したという逸話、これはないでしょう。どっかのHPに書いてあったが、この当時天下を取るという概念はないから。頼朝様のときも、ない。源氏の故郷とも言える関東地域及びその周辺を独立させたかっただけ。それに七代目は家時のはずなのに、自分ができなかったから孫にって(尊氏くんに)、予言は適わなかったってことでしょう。北条家は平氏だから、源氏に取り戻したいという願いは足利家にあったかもしれませんね。でも、平氏も源氏も途中で所々繋がっているし。


資料レベルを読んでいる間はありませんから今度は『炎立つ』と比較してみましょう。人気blogランキング・自然科学にぷちっとな。【押す】
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January 28, 2008

正親町天皇

歴史ものを読むときに便利だろうと思って、『歴代天皇事典』PHP文庫 っていうのを買った。後醍醐天皇の表紙がス・テ・キです。

Rekidaitenno神武天皇からきちんと書いてあるとこがいいよね。どこの国でもそうなんでしょうか。神話と現実のラインってクリアじゃないんでしょうか。10代目の崇神天皇からが実在の人物だった可能性が高いそうです。最も「神武天皇が居たという明確な証拠はないが、実在でない、という証拠もない」と書いてあります。いいんじゃないですかね、そういうことで。天皇家はやっぱり神武天皇以来、ってことで祀っていらっしゃるんでしょうか。

それで、そう言えば戦国時代の天皇ってどうなっていたでしょう。何か傀儡将軍と言われた足利義昭の動きだけが記されていて、それ以上の偉い人って聞かなくないですか?ええ、ちゃんと居ますよ、天皇は、当たり前だけど。正親町天皇(おおぎまち)です。この人何もしてないわけじゃなくて、いろいろ政治的に動いているわけですよ。だって、この時代ほど天皇が重要な時代ないわけじゃないですか。戦国大名は天皇が居るから京都に上りたがっているわけですから。秀吉を関白に、家康に征夷大将軍を与えたの天皇ですし。信長はなんだか与えようとしたけど、断られましたね。

ウィキペディアより

後奈良天皇の崩御に伴って践祚した。しかし、弘治3年(1557年)の践祚では天皇や公家達は、権威はともかく金銭的には既に生活に窮するほど落ちぶれており、即位の礼さえ挙げられなかった。毛利元就などの献金を受けてようやく即位の礼を挙げることができた。このとき、本願寺法主顕如も莫大な献金を行っており、天皇から門跡の称号を与えられ、以後本願寺の権勢が増した。

天皇家の財政はこのように逼迫し、権威も地に落ちかけていた。だが、永禄11年(1568年)の織田信長の上洛によって、この状況が変わってくる。信長はもはや破綻寸前に陥っていた天皇家の財政を様々な政策や自身の援助により回復させた。その一方で天皇の権威を利用し、信長の敵対勢力に対してたびたび講和の勅命を出させることとなる。元亀元年(1570年)の朝倉義景・浅井長政との戦い、天正元年(1573年)の足利義昭との戦い、天正8年(1580年)の石山本願寺との講和はいずれも正親町天皇の勅命によるものである。(ただし、本願寺との和議は本願寺側からの依頼という説もある)。

豊臣秀吉に政権が移った後も、秀吉が権威の後ろ楯として天皇を利用した。そのため、天皇家の権威は高まった。このように織豊政権と天皇家は互いに利用しあう関係にあった。
正親町天皇の治世は織田信長と豊臣秀吉の全盛期にあたる。信長の援助のもと、応仁の乱より衰退しきった朝廷を立て直した時期であった。

うんでさ、この方は信長にうまいこと金ださせたり、そろそろ引退しませんか、とか言われてものらりくらりかわしたり、なかなかやり手だったようですよ。そりゃ、そうですよね、天皇家だって生きていかねばいけませんから、乱世は殿上人にとっても乱世です。

歴代の大河ドラマのデータをちょいと見てみましたが、戦国モノにはほとんど天皇の配役はありませんでした。でも、正親町天皇なんか在位30年ですよ。平安後期~鎌倉、室町なんて、院政があったせいもありましょうが、みんな一桁の在位じゃなかったかなあ。

ちょっと歴史をひもといただけでは、ここまでわかりませんので、本書を購入したのはお得でした。天皇家から見る歴史もおもしろいですね。

あっ、ちなみにアマサイは義昭は賢将軍だったと思います。あの時代、地位について天寿を全うしたってのがすごいです。生まれた時代が悪かったのでしょう。慶喜は、ね、だめでしょう。

忙し-疲れた-ぐったりのループに入ってしまいました。更新しなくても、人気ブログランキングぷちっとな。よろぴくね。【押す】≪コメントはここ

January 17, 2008

天璋院篤姫

2008年の大河ドラマの発表があったとき、
篤姫?知らない、そんな人、
大奥?べちべちねちゃねちゃして嫌~い、
という無知をさらけ出したアマサイであった。

その後、今年になってからかなあ、江戸城無血開城は大奥がキーを握っていた、と聞いて、ああ、あの人じゃないか?
と思い出した。

ずいぶん前に大政奉還時の大奥の女たちを描いたドラマがあった。女たちは徳川家を見捨てようとする武士たちと違って、最後まで江戸城に残ろうとする。結局、城外に避難せざる得ないのだが、女たちはみな町中で安らかに暮らしていけるようになる。明治の時代になって、人々は噂する。敵前逃亡した一橋さん(慶喜)に比べ、○○様はご立派でした、と。それが天璋院篤姫じゃなかったのかな。(ウィキペデアで見ると83年にやった『大奥』みたいなんだけど、ちょっと確信が持てない)

昨日NHK『その時歴史が動いた』を見てかんどーしてしまったよ。幕末にこんな立派な女性がいたとはねえ。一般的に男より女の方が責任感が強く、行動力があるのは動かせない事実だと思うが。開城と同時にリストラされた大奥の女たちに就職先を世話したり、なかなかできるこっちゃないです。和宮との関係も涙をそそりますなあ。島津家の援助も蹴るとこなんぞ、さすが、薩摩おごじょです。

先週同番組でやっていた天英院煕子にしても、初期の大奥の主春日局にしても、江戸城には偉大な人がたくさんいたのですね。

私たちはもっと、もっと先人に学ばねばいけません。

今読んでいるのは八幡太郎義家『武神』です。この人は奥州藤原に繋がっているのですね。やっぱり歴史はおもしろいね。今日も人気blogランキング・自然科学にぷちっとな。【押す】
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November 04, 2006

関ヶ原

信長は立派な人だと思う。でも、秀吉も家康もあんまり好きじゃない。秀吉は自分の子、秀頼かわいさで晩年狂うし(ほんとに秀吉のタネだったのか?)。

家康はたぬきオヤジという評判とは違って、政治家として優れた武将だということは井沢元彦著書でわかったけれど、そこがまたちょっといや~な感じである。うん、仕事は出来るけど女性にもてない部長クラス、と言った感じ。

それに関連して関ヶ原の戦いはあまり興味がもてなかった。不思議なのは、どうして秀吉の家臣たちが家康に簡単に寝返ったのか、よくわからない。興味がないので、探求しようとも思わなかったのだが。

『功名が辻』もいよいよその時代に入った。ちゃんとは見ていないのだけれど、おぼろげながら関ヶ原までの人間関係がわかってきた。


・関ヶ原は「対家康」ではなく、秀吉の家臣の内部分裂である。
 ⇒これは井沢の本にも書いてあった。しかし、多くのドラマなんかには、家康が天下を横取りしたみたいな構図で描いているのではないだろうか。

・三成は結構ワルである。
 ⇒と言っていいのだろうか。今回の大河ドラマではそういう風に見える。いち早く秀頼母子を取り込んで自分の方に有利に動いている。そこまで行かなくても、単に亡き秀吉へのご奉公、だけではないようだ。

・戦国武将の全ては初めから合理的に動いている。
 ⇒私たちがイメージする主君への忠義は鎌倉時代と徳川政権のごく一部である。家督の安泰と忠義のバランスをうまくとるものが勝っていく。それは想像するよりもドライである。「情はあってもよいがなくてもよい」のである。

・関ヶ原が起こったのも、秀吉の晩年の不手際、悪政のせいである。


無理矢理箇条書きにしたので、こうでない側面も当然ある。この件をまとめるにはもっと時間がかかるので。

大河ドラマの今と昔が違うのは、史学研究成果をうまく取り入れているからだろう。

一豊の関ヶ原直前の演説、
「儂は信長様、秀吉様に仕えてきて負けた戦はただ一度だけである。これは儂が偉いのではなく、お仕えした方々が偉いのである。しかし、その主君を選んだのは儂である。儂は運が良い。皆の者、儂の運を信じよ」
はとてもよかったです。

脚本家の着色であろうが、よくできている。


ビデオが壊れたのでドラマをよく見逃します。でも、録画ってできないと思えば、別に不便じゃないですね。人気ランキングぷちっとな。【押す】
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August 29, 2006

曽我兄弟

日本史、なかんずく、鎌倉時代が好きなアマサイちゃんである。
「頼朝をめぐる人々」という内容で夏期1日大学講座があったので行ってみた。
講師の方は、中世日本の政治を専門としている方で近著にこがなものがある方である。

Sogamono
■曽我物語 - 物語の舞台を歩く -
著者:坂井 孝一
価格:\1,890 (本体 : \1,800)
出版: 山川出版社
発行: 2005.2

曽我兄弟に関しては仇討ちを果たした、くらいしか知らない。鎌倉時代関連書物を読んでもそんなに大きくページは割かれていないと思う。しかし、今回、

・忠臣蔵を含む、日本三大仇討ち、と言われるくらい有名

・そのなかでも曾我兄弟は絶大な人気を誇っていた。

・戦前まで学校で普通に教えられていた。

・歌舞伎では曽我物という一分野が存在する

ということをほぼ初めて知った。

戦後の進駐軍の方針により、仇討ち話は教育からも演目からも排除された。その中でも、若者が敵討ちに一生を捧げる、という生き方は好ましくないと厳重注意されたようだ。アメリカ軍の縛りが解除されたあとでも、忠臣蔵は自然に復活したのに対し、曽我物は教育関係者が自主規制しているという。

うーむ、そりゃ仕方がないな、と思う。幼少のときから人殺しを目指して生きていくわけだから、現代の倫理観から肯定するのは難しい。まあ、文学作品として古典に組み入れるのはいいではないかと思う。

忠臣蔵と違って、聞き慣れていないせいか、
ああ、かわいそうな兄弟だなあ、としか感じなかった。

私が興味を惹いたのは『吾妻鏡』には成人した頼朝が将軍になるまでは描かれているが、流人時代として過ごした蛭ヶ小島での生活は『曽我物語』にしか書いていないということである。また、この仇討ちの影の主役が源頼朝なのである。

おお、大好きな頼朝様の原型があるのならば、勉強しなくては。

また、鎌倉幕府の家臣、関係者というと、梶原景時とか大江広元とかしかイメージできないのだが、この際、家臣団の人となりも覚えよう。
(伊東とか工藤とか普通の名前でよくわかんないおじちゃんたちが多いんだもん)

というわけで夏の最後に価値あるものを得ました。

ところで、アマサイはこの占いをやってみたら、
日本歴史占い
http://uranai.artisthouse.co.jp/
北条政子でした。
歴史上尊敬する女性なので満足です( ̄▽ ̄)v

この後にディベート合宿に行ったのだが、その話は別項で。というわけで、人気blogランキング」ぷちっとな、宜しくお願いします。【押す】
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